極めて個人的な話で恐縮だが、本稿の担当者は秋葉原に近い外神田を生活の拠点としている。職場は埼玉県草加市。自宅から職場までの距離は約20㎞で、週に一度くらい自転車で通勤をしている。最近は試乗車のDE ROSA 838 カンパニョーロCHORUSの完成車を引っ張り出して乗っているが、とても気に入って真面目に欲しいと思っているくらいだ。それはさておき、自宅と職場を繋ぐルートはいくつかあるが、17年も通っていると名所旧跡とは言わないが、ルート上に興味深いスポットが点在していることが気になるようになってくる。といっても自分が惹かれるものは新しいものではなく、ちょっと、古い、コトやモノ。昭和の男ゆえ、昭和の残像的なものに惹かれるのだ。そんな気になるスポットを紹介する短期集中企画「自転車通勤の途上で」。完全に東京ローカルなストーリーになるが、そこはどうかご勘弁を。第一回目は「千住おばけ煙突」のお話。
前振りに続いて、またまた個人的な話で恐縮だが、自分のルーツは東京下町の浅草にある。浅草寺の裏手、言問橋のたもとで先祖代々暮らしていたが、昭和20年3月10日の東京大空襲で、祖父母を含む一族はみな帰らぬ人となった。父親は南方に出征していて奇跡的に生き残ったので、こうして自分は生を受けたわけだ。その父親が帰国して浅草に戻った時、あたり一面は焼け野原で実家は跡形もなく、深い悲しみとともに困り果てた父は埼玉県の志木にあった親戚の家に身を寄せた。浅草発着の東武線は動いていたらしく(運行を復活させた直後だったのかもしれない)志木に向かう汽車に揺られながら、父は焼け野原の中に見慣れたものを目にしたという。
母親は荒川区の三河島出身で、戦時中は福島県に疎開していたようだが、疎開先から両親に呼び戻され、空襲の中を親とともに逃げ回っていたらしい。「どうせ死ぬなら家族とともに」と親が考えて、疎開先から三河島に戻されたと聞く。その母親もまた、空襲から逃げまどいながら、そして終戦後の焼け野原で、平和な日常を思い起こすものを目にしていた。それが現在の東京都足立区に存在していた千住火力発電所、4本の巨大な煙突である。
隅田川のほとりにあった火力発電所。高さが80mもある4本の煙突をもつ発電所で、大正15年に運転が開始されたそうだ。大きな施設の割に米軍から空襲の標的にされなかったらしく、発電所も4本の煙突も戦火を逃れたという。つまり自分の両親は戦前、戦中、戦後にこの煙突を目視していたわけだ。そしてこの煙突は「おばけ煙突」とも言われて近隣住民から親しまれていたという。4本の煙突は配置がひし形の各頂点にあり、発電所を見る方角によって、それぞれの煙突が重なって見えることにより、1本、2本、3本、4本と姿を変えるのでそのように呼ばれていたらしい(諸説あり)。その煙突も、東京下町にあった火力発電所も時代とともに姿を消し、千住の火力発電所は自分が生まれる1年前に取り壊された。しかし昭和を象徴するこの施設は小説や映画、漫画の中で幾度となく復活。昭和40年生まれの自分もその存在をなんとなく知っていた。父親からも聞いた覚えがあるが、もっと聞いておくべきだった。
さて、このおばけ煙突だが、自転車通勤の途上と見事に重なったのである。通勤の往路、神田から上野の不忍池を横目に西日暮里へ。尾竹橋通りに入れば埼玉県草加市へ一直線である。その途上にある、通りの名の元になった尾竹橋のたもとに「おばけ煙突」の名残を見ることが出来るのだ。
4本の煙突が見て取れるこの写真に写る橋は西新井橋。尾竹橋は隅田川にかかる橋で、西新井橋は首都圏のサイクリストにも荒サイとしてお馴染みの荒川にかかる。写真の西新井橋は木造だが、現在はもちろん立派な金属&コンクリートの橋である。写真は橋の北詰から西方向を見たもの。西に向かって自転車を走らせる自分の帰宅時は、この西新井橋を渡り、続いて尾竹橋を渡るのだが、尾竹橋を渡る手前、橋のたもとにある帝京科学大学に「煙突の輪切り」が鎮座している。
昭和39年に解体された煙突は、その一部を近所の小学校の遊具に使っていたらしい。なんと滑り台である。やがてその小学校は廃校となったのだが、輪切りにされた煙突の一部は処分されることなく、新しく建築された帝京科学大学の入り口にモニュメントとして飾られている。
モニュメントの前から、かつておばけ煙突と千住火力発電所があった方角を望む。赤と白で塗り分けられた塔のあたりに4本の煙突が立っていたらしい。この塔は、現在の東京電力足立営業センター敷地内にあるという事実を知り、わけもなく嬉しくなった。
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本企画はフォトログ的に写真中心のコラムを想定していたが、初回ゆえ、いささか冗長にすぎた。次回からはさくっと短めに。
自転車通勤の途上で。自転車通勤のお供は838のCHORUS完成車。辻善光さんはレースでもいけるとおっしゃるが、自転車通勤やサイクリングでも使いやすく、タウンスピードで、マイペースで走っても楽しい。特にブレーキが最高。つまりカタログのコメントどおり、レースでも普段づかいでも幅広く使えるということだ。写真は次回のお題である「上野不忍池」用に撮った写真。昼間の逆光なので通勤途上ではなく、休日昼下がりの一葉。
おばけ煙突についてまとめられたYouTubeチャンネルがあったのでリンクを貼っておきます。ご興味あればご覧ください。